【検証】嫌いな人=こちらの「ご法度」を破る人

禁止 人間関係の泳ぎ方

クラスメートの疲れたアピールに腹が立つという娘。

察してほしいというのはちょっと要求がましいよね、

ということでまずあげた記事がこちら

 

「察する文化」は依存の象徴
「疲れたアピールされんのマジ腹立つんだよね」 クラスメートの態度に納得いかない娘。 学校に来るなりこれ見よがしにため息ついたり、 突っ伏して寝てみたり。 「私疲れて体調悪いの」と言わんばかりの態度に 辟易してい...

 

とはいえ、娘の嫌悪感がハンパない理由は

これだけではない。

だいたい当たりはついている・・・

娘の「ご法度」を平気で破っているから、

そのクラスメートが許せないんです。

嫌いな人、苦手な人が生まれる原因を掘り下げます。

 

自分にとってのタブーを犯しているから許せない

「私は小さいときからそんな態度とったら

許されなかったのに、なんでみんなは許されるわけ?

ずるいよ!」

たしかに彼女が小さい時から、

人前で取り乱したり、

わがまま言って困らせたり、

ぶすっとした態度をとったりするな!

という圧力かけてたな・・・(反省)

娘としては納得いかないことばかりだったから

外では泣かない分、家では

あれだけよく泣いてたのか・・・

そして、5年も剣道をやっていたから

弱音を吐くな!という空気感の中、

いくら泣きたい気分でも、

外に出た瞬間、何もなかったかのように

ふるまうことが当たり前。

だから、疲れたアピールは彼女のご法度に触れる。

 

ずっと我慢してきた

「言いたいことを言えなくてつらい」

という気持ちが刺激される一方で、

自分は決してご法度を破れないから

「ずるいよ!」と思うわけです。

とくに最近疲れてる娘にとっては、

我慢ならないのも当然ですねw

 

「○○してはいけない」を取り下げて美学に変える

娘のこの思い込みも、

今までの生育環境が作り出したルールなだけで、

万人に共通というわけじゃないですよね。

私も、娘が小さい頃は

人様に不快な思いをさせてはいけない、と

思い込んでいたので、それを強要してましたが

いくら気を付けていても、

相手が不快にならない保証はない。

むしろ、自分自身がご機嫌でいた方が

周りも不快にならないと思うようになってから、

そこまで気にしなくなりました。

娘には、

「イラつくほど余裕なくなるくらいなら

学校休んでコンディション整えたら?」

と言ってます。

そして、「自分が人前で疲れたアピール

したとしたらどう思う?」と聞くと、

「ありえない。そんな自分キモイ」とのこと。

「それは、やっちゃいけないことじゃなくて

ポリシーとか美学なんじゃないかな」

 

ポリシーとか美学であれば、

それは禁止事項だからやらないのではなく、

自分の意志でやらないと選択していることだから、

それを選択してない人がいても

「それダメでしょ!」とはならない。

 

善悪のモノサシを捨てて、

自分が好きでやってるだけ、ととらえ直すと

今まで許せない、嫌いだ!と思っていた人が

不思議と気にならなくなる。

自分も他人もジャッジしないと

心の自由度が格段に上がりますよ~

 

ではまた!

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