「褒められるとうれしい」は奴隷予備軍。

褒められる 心の操縦法

多くの人が「褒める」ことを肯定的にとらえているけど、

「褒める」ことの副作用は強烈です。

  • 「褒められる」ために行動する
  • 「褒められない自分」は価値がないと思う

そんな人を量産してしまうから。

思いっきりディスられるのもしんどいけど、

褒められることも自分を追い詰める原因になるんです。

 

褒められる=自分には価値がある?

子供は褒めて育てるほうがいい、

と言われた時期がありましたよね

(あ、今もこれって信じられてるんですかね?)。

でも、褒めて育てるとこんな子供が出てきます。

「先生の前でだけごみを拾うヤツ」

「先生の前でだけ人助けするヤツ」

これは娘から報告を受けた、

「小学校にいた嫌なヤツ」ですw

もうね、小学校からこんな子供がいるんだと

衝撃だったんですけど、

これ、周りの大人が悪いなと。

「褒める」というのは、そもそも

「何かができたことに対する評価」ですよね?

大人が「○○できてえらいね~」とかやると、

子供は「何かができると(大人の期待に応えると)

受け入れてもらえるんだ」と学習する。

そして、受け入れてもらいたいがために

無意識に褒められるための行動をとるようになる。

でも、その行動は自分がこうしたいという

本当の気持ちから生まれたものじゃない。

だから、いくら褒められても、

どこか満たされない気持ちに

付きまとわれるんです。

 

褒められるために行動するほど不安になる

そして、褒められることで自分の価値が決まるという

思い込みが育ってしまうので、

いつも褒められていないと不安になってきます。

他人に評価されない自分は価値がない。

だから、価値を確認するために

いつもいい人であろうとしたり、

称賛を得るために頑張ったり。

無意識のうちにできない自分を

隠そうとしてしまう。

いつも自分は不在のまま、

完全に他人軸で生きてしまってます。

でも、他人の評価は

自分でコントロールすることができません。

だから、他人の評価に一喜一憂しながら

自分の行動を決めていくことに疲れてしまうんです。

 

「褒められる」ことへの渇望を断つ :まとめ

物心ついたころから、

褒められる=いい子の証

という価値観を刷り込まれていると、

自分の気持ちを無視して他人の評価に従う

奴隷になってしまいます。

ここにまず気づいて、

何か行動を起こすときには

「他人の評価を得られなかったとしても

自分はその行動をとるのか?」

と考えてみる。

そうでなかったら、自分はどうするのか?

その答えがもし受け入れがたいものだったとしても、

それは自分の本当の気持ち。

まずは自分がその気持ちにOKを出すんです。

 

褒められること、評価を得ることを

追いかけ続けるのをやめると、

絶対的安心感が生まれて、

自分の中からエネルギーがわいてくるのを

実感できるようになりますよ。

 

ではまた!

 

 

 

 

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