頑張るほど結果が遠のく不思議

頑張る 心の操縦法

かつて子供たちが通っていた剣道の道場のそばを

昨日車で通った時、

「あー今頃稽古終わってる時間だったよね~

この後午後も○○館に稽古行ってたよね」

という話に。

ふと、当時の娘の口グセを思い出しました。

「○○ちゃん(←自分のこと)頑張ってるもん!」

たいてい、試合結果が思わしくなかったり、

稽古中に怒られたりすると、

この口グセが発動していた気が。

 

なぜ、こうも「頑張ってる」アピールしていたのか?

思うにこれは、

結果を出すのが難しいと思っていることに対して

努力してるんだから許してくれという気持ちの表れ

だったんじゃないかと。

 

「頑張る」ことと得られる結果の関係性を

考えてみます。

 

「頑張る」という時の心の状態

自分にとって簡単にできることだったり、

好きでやっていることに対しては、

「頑張る」とは言わないですよね?

健常者であればトイレに行くことを「頑張る」必要ないし、

ハマってるゲームを「頑張る」とは言わない。

「頑張る」必要があるのは、

難しいと感じていることか、

本当は気が乗らないけど

無理してやらなければならないようなこと。

そもそも前提として、

達成までの道のりが困難である、

というようなニュアンスですね。

「頑張る」という表現は、

「到達できない可能性」を強めてしまってるわけです。

 

結果よりも過程に意識が向いている

それと同時に、「頑張る」というのは

結果に至るまでの過程であって、

結果そのものには意識が向いていませんよね?

「頑張る」という過程に意識が向いているとき、

脳内ではゴールは「頑張ること」になってます。

 

「もし結果に到達してしまったらこれ以上頑張れなくなる。

だったら、結果に到達しないでおこう」

 

そしていつまでも頑張る状態が続くことになります・・・

 

「頑張ってます」「頑張ります」は結果が出せないことへの言い訳?

「頑張ってるもん!」と言い張っていた娘は

結果が出せないことを責められるのが

怖かったから予防線を張っていたんだと思います。

そんなに鬼になってたつもりはなかったんですが(汗)

そして、本当は、剣道そのものが好きなんじゃなくて

ご褒美をもらえることだけが楽しみで

剣道をやっていたんだそうですw

 

とりあえず頑張ってると言っておけば、

結果が出なくても見逃してもらえる。

そんな気持ち、大人でもありますよね?

「頑張る」を多用していると気が付いたら、

やろうとしていることを「難しい」前提にしてないか、

そもそもやりたくないことなんじゃないか、

考えてみるといいかもしれません。

自分が本当はどう思ってるのかに気づいて

認めると、ムダに頑張ろうとしなくなります。

「頑張らなきゃ」という力みがないほうが

結果につながるんじゃないかと。

 

ではまた!

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